ページトップへ

プロトン移動は吸収波長をどのように変える?

プロトン移動と吸収波長

プロトン (水素イオン、H+) はタンパク質中に豊富に存在し、プロトンが移動する反応はタンパク質の機能発現に極めて重要な役割を果たします。プロトンの授受を行う色素を持つタンパク質では、光反応の途中で色素がプロトンを渡す/受け取ることで、その色素の吸収波長が大きく変わることが知られています。

例えば青色光に対するセンサーとして働くphotoactive yellow proteinはp-クマル酸 (p-coumaric acid, pCA) を色素として持ちます。光反応の途中、pR中間体からpB中間体に遷移するときに、プロトンがグルタミン酸 (Glu46) からp-クマル酸へ移動し、続けてp-クマル酸の構造変化が起こることで吸収波長が465 nmから355 nmへ短波長化します (図1, 2)。つまりphotoactive yellow proteinでは「色素に向かうプロトン移動」とそれに伴う色素の構造変化によって吸収波長が110 nmも短波長化します。

一方で、緑色光に応答してナトリウムイオンを輸送するKR2は、レチナールシッフ塩基を色素として持つ微生物型ロドプシンの一種です。光反応の途中、L中間体からM中間体に遷移するときに、プロトンがレチナールシッフ塩基から隣接するアスパラギン酸 (Asp116) に移動し、吸収波長が505 nmから400 nmへ短波長化します (図1, 2)。KR2ではphotoactive yellow proteinとは反対に、「色素から遠ざかるプロトン移動」によって吸収波長が105 nmも短波長化します。

図1. photoactive yellow proteinとKR2の光反応サイクル。
図2. (a) photoactive yellow proteinと (b) KR2における色素の周辺構造。

光反応サイクルで色素の吸収波長が変わる現象は一般に、タンパク質 (あるいは色素) の構造変化により起こると説明されます。ところが、色素が担うプロトン移動反応が色素自身の吸収波長を具体的にどのように変え、それがどのような機構によるものなのかは分かっていませんでした。そこで私たちは量子化学的手法であるquantum mechanical/molecular mechanical (QM/MM) 法を用いて、photoactive yellow proteinとKR2において、色素が担うプロトン移動反応に伴って、色素自身の吸収波長がどのように変わるかを解析しました。

プロトン移動により吸収波長がどう変わるか

photoactive yellow proteinにおいて、プロトンがGlu46からpCAに移動することで、吸収波長は連続的に短波長化しました (図3a)。一方でKR2においては、プロトンがレチナールシッフ塩基からAsp116に移動することで、吸収波長は連続的に短波長化しました (図3b)。いずれの例においても、0.4 Å程度のプロトンの移動が色素の吸収波長を劇的に変えることが分かりました。

図3. (a) photoactive yellow proteinと (b) KR2における、プロトン移動に伴う色素の吸収波長変化 (黒の丸、左軸) と水素結合のポテンシャルエネルギー (水色の丸、右軸)。

吸収波長が変わる機構

photoactive yellow proteinでは「色素に向かうプロトン移動」によって吸収波長が短波長化するのに対し、KR2では「色素から遠ざかるプロトン移動」によって吸収波長が短波長化します。この違いは、光励起に関わる分子軌道の分布 (すなわち光励起に伴う電荷移動の方向) の違いから説明することができました。photoactive yellow proteinとKR2のいずれにおいても、光励起に最も寄与するのは色素の最高被占軌道 (highest occupied molecular orbital, HOMO) から最低空軌道 (lowest unoccupied molecular orbital, LUMO) への電子遷移です。

photoactive yellow proteinでは、HOMOがプロトンの授受を担うヒドロキシ (-OH) 基側、LUMOはその反対側に広がっています。プロトンがpCA側に移動すると、プロトンが持つ正電荷によって、pCAのヒドロキシ基側に広がるHOMOが大きく安定化することで吸収波長が短波長化します (図4)。

図4. photoactive yellow proteinにおける分子軌道 (molecular orbital, MO)。(a) プロトン移動に伴うLUMO (青の丸) とLUMO (赤の丸) のエネルギー準位の変化 (左軸) と、水素結合のポテンシャルエネルギー (水色の丸、右軸)。(b) pCAにおけるLUMOとHOMOの分布。

一方KR2では、LUMOがプロトンの授受を担うシッフ塩基側、HOMOはその反対側に広がっています。プロトンがシッフ塩基から遠ざかると、プロトンが持つ正電荷による安定化効果が受けられないために、シッフ塩基側に広がるLUMOが不安定化することで吸収波長が短波長化します (図5)。このように、photoactive yellow proteinとKR2で吸収波長変化の方向に逆の関係が生じるのは、プロトン解離サイトとHOMO/LUMOの分布の相対的な位置関係が逆である (つまりpCAではHOMOが解離サイトであるヒドロキシ基側に広がっているのに対し、レチナールシッフ塩基ではLUMOが解離サイトであるシッフ塩基側に広がっている) ことが原因だと分かりました (図6)。

図5. KR2における分子軌道。(a) プロトン移動に伴うLUMO (青の丸) とLUMO (赤の丸) のエネルギー準位の変化 (左軸) と、水素結合のポテンシャルエネルギー (水色の丸、右軸)。(b) レチナールシッフ塩基におけるLUMOとHOMOの分布。
図6. photoactive yellow proteinとKR2における、プロトン移動に伴う吸収波長の変化。

以上の結果は、世界で初めて石北研究室が明らかにした事実であり、以下の論文に記載されています。引用してご活用ください。

Masaki TsujimuraHiroyuki TamuraKeisuke Saito, and Hiroshi Ishikita*
iScience (2022) doi: 10.1016/j.isci.2022.104247
“Absorption wavelength along chromophore low-barrier hydrogen bonds”
Journal