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蛋白質中で存在が確認された低障壁水素結合の例:プロトン移動を仲介

蛋白質中でその存在が定義「水素結合ドナー・アクセプターのpKaが一致」「水素結合ポテンシャルエナジー曲線形状が左右対称」によって確認された例は以下の通りです。これら全ては石北研究室の研究によって、世界で初めて報告されました。それにしても、photosystem IIには低障壁水素結合が多いですね。しかも、全てH+移動が絡むといわれているサイト・遷移状態においてです。

逆に、低障壁水素結合が見られないのに「プロトン移動がおこって次のような反応中間体になる」云々の主張をしている研究を見かけたら、要注意です。これはまさに、短い水素結合を見ると「低障壁水素結合だ」と勝手に思い込んで過ちを犯す過去のトレンドと何ら変わりません。

(あるいは低障壁水素結合を上回る、downhillな水素結合でもない限り。つまり水素結合アクセプター側のpKaが瞬時に水素結合ドナー側のpKaと逆転するとようなケースでもない限り。これはすなわち、酸化還元等の反応により、ドナーとアクセプターのpKaが激しくシフトした結果逆転して、ドナーとアクセプターが入れ替わるような水素結合。つまり、低障壁水素結合でpKa差をほぼゼロにすればプロトン移動は起こるのに、それよりも過剰なエネルギーを費やさないとこのような水素結合はできない。例えば、以下の石北研究室の研究で明らかになったQBへの1回目の電子移動の際のプロトン移動は、低障壁水素結合よりも遙かに大きなpKaシフトによりドナーとアクセプターが入れ替わったdownhillな水素結合です。

Keisuke Saito, A. William Rutherford, and Hiroshi Ishikita*
Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A. 110 (2013) 954-959 [Direct Submission, Edited by P. Joliot]
“Mechanism of proton-coupled quinone reduction in Photosystem II”
Journal Pubmed

そういう意味で、低障壁水素結合とはプロトン移動を起こすのに(そこまでエネルギーを要さないので)最もコスパがよい水素結合、といえます。)

(1) photosystem IIにおける酸化還元活性tyrosine残基 D1-Tyr161 (TyrZ)…D1-His190間の水素結合

[TyrZ…D1-His190]は酸化還元活性を持つ低障壁水素結合です。非常に酸化還元電位が高いクロロフィルペア[PD1/PD2]+から電子を引き抜かれて酸化されると、酸化された[TyrZ…D1-His190]が水分解触媒部位Mn4CaO5近傍の基質水分子から電子を引き抜く。つまり、基質水分子の電子アクセプターとして重要な役割を果たします。以下の論文を引用してください。

Keisuke Saito, Jian-Ren Shen, Toyokazu Ishida, and Hiroshi Ishikita*
Biochemistry 50 (2011) 9836-9844
“Short hydrogen-bond between redox-active tyrosine YZ and D1-His190 in the photosystem II crystal structure”
Journal Pubmed

Keisuke SaitoManoj Mandal, and Hiroshi Ishikita*
Phys. Chem. Chem. Phys. 22 (2020) 25467-25473. doi: 10.1039/D0CP04265J
“Redox potentials along the redox-active low-barrier H-bonds in electron transfer pathways”
Journal Pubmed

(2) photosystem IIにおける非ヘム鉄錯体配位子D1-His215…QBH-間の水素結合

[D1-His215…QBH-]は電子移動経路の最終電子アクセプターであるキノンQBがQBH-からQBH2に変換される際にプロトン移動を仲介します。このプロトン移動過程は、この低障壁水素結合一つからなる「水素結合内プロトン移動」です。(その対極にあるのは以下(3)です。)以下の論文を引用してください。

Keisuke Saito, A. William Rutherford, and Hiroshi Ishikita*
Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A. 110 (2013) 954-959
“Mechanism of proton-coupled quinone reduction in Photosystem II”
Journal Pubmed

Keisuke SaitoManoj Mandal, and Hiroshi Ishikita*
Phys. Chem. Chem. Phys. 22 (2020) 25467-25473. doi: 10.1039/D0CP04265J
“Redox potentials along the redox-active low-barrier H-bonds in electron transfer pathways”
Journal Pubmed

(3) photosystem IIにおけるMn4CaO5錯体のO4部位…O4-water chain間の水素結合

O4-water chainとは、Mn4CaO5錯体のO4部位と直接水素結合する水分子鎖で、水分子が7~8個程度が全て水素結合でつながり一列に並んでいるという非常に特徴ある形状をしています。[O4…O4-water chain]の低障壁水素結合は、Mn4CaO5錯体が最低酸化状態S0から1電子酸化されたS1状態になった際に生成する、O…O距離<2.5 Å の短い水素結合です。S0→S1遷移では基質水分子からH+が1個放出されることが知られていますが、そのH+放出を仲介します。上記の(2)と異なり、複数の水素結合をGrotthuss機構で介してH+を行う「水素結合間プロトン移動」です。以下の論文を引用してください。

Keisuke Saito, A. William Rutherford, and Hiroshi Ishikita*
Nat. Commun. 6:8488 (2015) doi: 10.1038/ncomms9488
“Energetics of proton release on the first oxidation step in the water-oxidizing enzyme”
Journal Pubmed

Tomohiro TakaokaNaoki SakashitaKeisuke Saito, and Hiroshi Ishikita*
J. Phys. Chem. Lett. (2016) 1925-1932
“pKa of a proton conducting water chain in photosystem II”
Journal Pubmed

(4) photosystem IIにおける水分解触媒部位Mn4CaO5錯体の配位水分子W1…D1-Asp61間の水素結合

Mn4CaO5錯体がS1状態からさらに1電子酸化されS2状態になる際、Mn4と呼ばれる部位がMn4(III)→Mn4(IV)と酸化されます。それに伴い、Mn4乗の配位水分子W1がD1-Asp61のカルボキシ基と低障壁水素結合を形成します。つまり、配位水分子W1からはH+放出が起こることを意味しています。以下の論文を引用してください。

Keisuke Kawashima, Tomohiro Takaoka, Hiroki Kimura, Keisuke Saito, and Hiroshi Ishikita*
Nat. Commun. 9:1247 (2018) doi: 10.1038/s41467-018-03545-w
“O2 evolution and recovery of the water-oxidizing enzyme”
Journal Pubmed

なお、Mn4にはもう一つ配位水分子W2が存在しますが、こちらは水素結合パートナーに酸性アミノ酸残基を持ちません。存在するのは、行き先に塩化物イオンCl-が存在しプロトン移動経路としては行き止まりになっている水分子です。その場合、この水分子H2OがプロトンH+を受け渡されてもH3O+にならざるを得ませんが、pKa(H2O/H3O+)は-2位と非常に低いpKa値です。つまり、W2からのプロトン移動はどう考えても大きなuphillにならざるを得ません。これは、理論計算云々以前に、大学教養レベルの基礎化学がわかっていれば、分子構造を見て容易に推察できることです。W2=OH-という誤った記述が見受けられますが、水素結合パートナーを考えればあり得ないです。

(W2=OH-と間違って記述している場合の多くは、H+を引き抜く過程を検証せずに議論している場合がほとんどです。W2がOH-になるのであれば、外れたH+はその近傍のプロトン移動経路からバルクに放出される必要があります。W2がすぐバルクに接しているのであれば、プロトン放出は十分にあり得ます。しかし、ここはバルクではなく、Mn4CaO5錯体が埋め込まれているタンパク質内部です。仮にW2からH+が放出されたのならば、速やかにその場から去らなければ、結局はOH-となったW2にH+が戻ってきて再びH2Oとなるだけです。大抵の誤った記述は、放出されたH+をバルク同様に勝手に無限遠においてしまう、この点に欠陥があります。)